瞽女にもなれない。
鶯芸者にもなれない。
わたしは、
つづみ打ち、
雀のように小さく、街の片隅で啼く
鼓女(つづみおんな)
つゞ女(つづめ)です。
【解説、あらすじ】
大正末期から昭和にかけて、津軽地方に実在したといわれる旅芸者「つゞ女」の一生を、雪国の峻厳な四季の中に描いた名作にして、問題作。名匠・瀬渡一雄が、民俗学者でもある昭和を代表する女流作家・柳伊津子の同名小説を5年の構想期間を経て映画化した。
文明という言葉の急速な侵食と戦争の足音に狂い、狂わされ、国土は重く黒い雲におおわれていた。生き方に選択肢がまだ少なかった時代、鼓を打ち唄い、門付けや、料亭や富裕な宴席を賑わして日々の糧を得る片目の女、キクノ。
座敷に表れると彼女は
「晴れた日も雨の日も、ただ鼓を打っては雀のように小さく囀る女『つゞ女』と申します。ひとつお耳汚しを」
と竹の葉がさわり合うように語り、
夜を、
世を、
振るわす一音を一つ。
余と余の間を確かめるように振動を鳴らし、
端唄や小唄、長唄、都都逸、瞽女唄、民謡などを唄いはじめる。
キクノは華奢な体に賢さを隠した女で、宴に合わせて、しっとりした夜もあれば、賑やかな夜も演出した。時々に変容する唄の数々だったが、最後は必ずどこで生まれたかも分からない語り物で終える。
とある雪の間深い、月夜。
キクノは常連の料亭主から、ある宴席に呼ばれる。
座敷には仕立ての良い背広を来た若い男が一人。
「こちらの旦那がね、お前さんの噂を聞いて是非にというもんでね」
キクノはいつもように鼓と唄を一通り披露し、
最後の語り物を囀りはじめた。
「つゞ女はすずめ。
つゞ女はつづみ。
つゞ女は約め(つづめ)でもございます・・・」
亭主、はてと気付く。
「いや、今宵は音も、謡も異なりて」
この地域特有の重たい雪が、
キクノを目前に
我失い、迷い、
ふわりふわりと落ちていく。
この夜の全ての音を吸い込む雪に囲まれて
キクノは何を語るのか。
語りの先に待つ、真とは ―。
キクノを富士雪乃、〝ある男〟を松岡七之助がそれぞれ好演。
1956年/124分/日本
配給:大和活動寫眞社
劇場公開日:1956年12月20日
4Kリマスター上映:2026年5月27日予定
リマスター版特別イメージソング:「現舞(うつつまい)」ダストダンス
ダストダンス Vo.NARUKO:女が詠い、つゞ女が謡う言葉に、音は生まれ、音色になった。【うたはヒトにつく】ことを改めて、私に刻んでくれました。今回の曲は、「つゞ女の儚い憧れを含んだうたがフト(自然と)舞い上がり、梁の塵を揺り起こす。そして、その塵はそのまま柔らかな風に乗って、楽しそうに元の土の中に戻っていく」というイメージ、願いを込めて作りました。…いや、この歌は、キクノの戻る場所として作らされたような気もします。名もなき、つゞ女たちに。
私たちのグループ名の由来の一つでもある映画に、時を経て、関わることができて光栄です。心から感謝申し上げます。
※主演、富士雪乃は薩摩琵琶高錦流分家に生まれ、幼少より琵琶、唄を習い、7歳で初舞台を踏む。美しい容姿と高く清らかな声で人気を博し、10代にして昭和の琵琶界黄金期を牽引する存在に昇りつめる。17歳で宗家に養女に。当主からの過剰な寵愛、周囲の嫉妬、権力争い、過酷な公演スケジュールに心身を壊し、25歳で撥を置いている。同映画出演は24歳の時に、監督瀬渡の熱烈な出演依頼によって実現。雪乃の最初で最後の大熱演となった。
※全て妄想、架空です。